四代 眞清水藏六 略歴歴
一九三三年(昭和八年)三代藏六の長男として京都市西京區(qū)山田に生る。
一九五六年関西美術(shù)學(xué)院修了。以後父のもとで作陶に従事。
一九七一年四代藏六を襲名。
一九八三年茶道誌「淡交」「竹風(fēng)」「洛味」などに寄稿。
一九八四年京都野村美術(shù)館にて自撰展。
同年九月號より一九八六年三月まで、日本陶磁協(xié)會機(jī)関誌に「泥中閑話」を掲載。
一九八五年同年より黒田領(lǐng)冶先生、満岡忠成先生の推薦により個展を行う。
一九八七年金閣寺落慶法要記念大茶會香合謹(jǐn)製。
一九八八年藏六慢筆古陶録」二代藏六著を復(fù)刻。
一九九八年唐津にて割竹式登窯?玄々窯?を築窯。
十月?玄々窯?の初窯。
個展 東京日本橋三越本店、名古屋三越栄店、橫浜高島屋、天満屋岡山本店、大阪なんば高島屋等、全國各地にて催す。
眞清水藏六
鉄絵筏流茶碗 眞清水藏六作
青井戸茶碗 眞清水藏六作
御所丸黒刷毛茶碗 眞清水藏六作
古清水意匠手桶水指 眞清水藏六作
青瓷筍花入 眞清水藏六作
茶碗 御所丸 眞清水藏六作
香合 糸巻 眞清水藏六作
青磁香合 袋鼠、四代眞清水藏六作
青磁盃 四代眞清水藏六作
眞清水 徹 略歴
一九六二年四代眞清水藏六の長男として京都に生る。
一九八四年京都府立高等技術(shù)専門校専攻科を修了。
一九八五年京都市立工業(yè)試験場修了。
唐津焼?西岡小十先生に師事。
一九九五年十年間の修業(yè)を終え、帰京。
父、四代眞清水藏六に師事、作陶に専念。
一九九六年眞清水藏六父子展(新宿 京王百貨店)出品。
以後、五回出品。
一九九七年西岡小十一門展(大阪 ギャラリー堂島)出品。
以後、一回出品。
眞清水藏六父子展(橫浜 高島屋)出品。
以後、各地での父子展に出品。
新鋭茶陶二人展(渋谷 東急本店)出品。
一九九八年唐津にて割竹式登窯?玄々窯?の創(chuàng)窯を主宰。
初火入。
二〇〇二年天満屋広島八丁堀店にて初個展。
以後、日本橋三越本店、名古屋三越栄店など各地にて個展開催。
眞清水 徹
唐津青井戸茶碗 眞清水 徹作
朝鮮唐津茶碗 眞清水 徹作
織部唐津香合 眞清水 徹作
眞清水 伸(號 福山) 略歴
一九六六年四代眞清水藏六の次男として京都に生る。
一九八六年京都府立高等技術(shù)専門校専攻科を修了。
一九八七年京都市立工業(yè)試験場修了。
以後、父、四代 眞清水藏六に師事、作陶に従事。
一九八八年京都府立美術(shù)會館に出展。
一九九〇年新世代展(京都高島屋、心斎橋大丸、銀座松屋、新宿伊勢丹)に出品。
一九九三年金閣寺大書院障壁畫完成記念茶碗謹(jǐn)製。
一九九六年この年より、各地にて父子展開催。
二〇〇二年ニューヨーク?ジャパンソサエティ
「The New Way of Tea」出品。
二〇〇三年初個展、眞清水 伸作陶展(天満屋福山店)開催。
以後、各地にて個展。
二〇〇九年大徳寺管長嶺雲(yún)室老大師猊下より?亀祿窯?の窯名賜る。瑞峯院前田昌道和尚様より?福山」の號を賜る。
亀祿窯 眞清水福山 開窯記念展」開催。
(日本橋三越本店、名古屋三越栄店、広島八丁堀天満屋)。後、各地にて個展
眞清水 伸(號 福山)
呉器茶碗 銘「真心」 眞清水 伸(號 福山)作
大徳寺管長嶺雲(yún)室高田明浦老大師猊下御書付
青瓷瓢花入 眞清水 伸(號 福山)作
鉄釉捻貫水指 眞清水 伸(號 福山)作
初代は江戸末期から明治の京都の陶工。
山城國(京都府)に生まれ、清水太三郎(たさぶろう)と稱した。
13歳のとき、陶法を和気亀亭(わけきてい)に學(xué)び、16歳で青磁を焼いて衆(zhòng)目を集めた。
當(dāng)時の陶業(yè)界の時流にのって中國、朝鮮、ベトナムなどの東洋古陶磁の陶技を習(xí)得し、
1843年(天保14)京都五條坂に開窯して真清水蔵六と改めた。
明治初年には政府の奨勵を受けて外國の博覧會に出品して名を高め、
國內(nèi)向けには茶具、外國向けには色絵や金襴手(きんらんで)の大作を製した。
自ら好んだ製品には「宗岳(そうがく)」「保壽」「百壽」「蔵六」の印を押し、
青磁、染付などに腕を振るった。
なお、2代蔵六(1861―1936)は內(nèi)外陶磁の造詣深く、中國陶磁の寫しに優(yōu)品を殘し、
3代蔵六(1905―71)、4代蔵六(1933―?。─燃覙I(yè)を継いでいる。
二代真清水蔵六造青磁蓮蟹茶注一雙共箱
眞清水蔵六 青磁袴腰香爐